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2007年10月の投稿

2007年10月30日 (火曜日)

我-汝

 「姉ちゃん!・・・姉ちゃーん!!(職員を呼ぶ声)」Aさんのけたたましい声が、病棟中に響き渡る。『喧しいボケた老人』というレッテルを貼られ、病棟の片隅に放置される。そうすると、さらに激しさを増した雄叫びが沸き起こる。

 気になって声をかけると体の痛みを訴えてきた。しかし、何処が痛いのか上手く表現できない。だからこちらで想像力を働かせ対応してみる。車椅子に長時間座っているためにお尻や腰が痛いのかな?何か身体に不調を感じているのかな?などと考えながら対応してみるが思いとは異なる。終いには、自分の思いが伝わらないもどかしさや要領を得ない対応に苛立ちを爆発させ、鬼のような形相で、私の手に掴み掛かり、抓る、叩く、引っ掻くをはじめる。成す術を失った私は「ごめんなさい、上手く理解できなくて・・・」と嘆く。続けて「でも、Aさんが大きな声を出していると心配するんですよ。何か辛いことや苦しい思いをしているんじゃないかって・・・それにAさんは、僕にとって大切な人のひとりなんだから」と言った。すると、Aさんの表情が一瞬固まった。そして、「本当に心配してくれるの?・・・本当に?・・・」と言いながら嗚咽しはじめた。私も、思ってもいなかった反応につられて貰い泣きしてしまった。そんな私の姿を見たAさんは、今まで抓ったり叩いたりしていた手を止め、涙を拭き取ってくれた。「ボケても心は生きている」という言葉の真意を身をもって感じた思いがした。そして、この日、半日くらいは、あの「姉ちゃん!」の声を聞くことはなかった。

 私達は、他者と関係を持つとき二つの異なる次元で繋がっているように感じる。ひとつは、他者をものとして捉えた関係性である。自分が利益を得るための道具、ものとして他者を捉えるのである。そもそも、ものの価値はその機能にある。例えば、ペンは「書く」という機能によってそのものに価値があると判断されるように。だから、他者をものとして捉える時に、自分が利益を得るための価値がある存在なのかどうかと、そのものの機能を問う。そして、価値があると判断されれば関係を持とうとするが、ないと判断されれば関係は失われることになる。改めて、自分と他者との関係性を見つめ直してみると、多くの場面で私達は、このような関係性で繋がっていることに気付く。認知症の人の機能を問い、『喧しいボケた老人』と判断した時に、私達は、その人とどのような関係を築こうとするのであろうか?

 関係性のあり方を追求した、かの偉大な哲学者マルティン・ブーバーは、このような関係を「我-それ」の関係と言った。そして、私達が他者と繋がるもうひとつの関係性こそが大切であると唱える。それが、『我ー汝』の関係性である。

 『我ー汝』の関係では、他者は独自性をもった存在と捉える。したがって、他の誰とも比較のしようもないし、はかり知れない価値を持った、かけがえのない存在となる。そんな他者と一体感に満たされた関係、共感や親密感に満ちた関係性を築いていくことが『我ー汝』の関係なのだ。私達が認知症の人と『我ー汝』の関係で結ばれようとする時、認知症の人は驚くほど良い反応を示すことがある。それは、まるで私達の心を見透かしているかのようである。

2007年10月29日 (月曜日)

殯(もがり)の森

 第60回カンヌ映画祭でグランプリを受賞した、河瀬直美監督「殯(もがり)の森」を観てきました。宮崎では、宮崎キネマ館で11月2日まで上映されています。映画の製作に当たって、「痴呆老人から見た世界」「認知症を生きるということ」などの著書で有名な小澤勲氏や「認知症の人と家族の会(旧.ぼけ老人をかかえる家族の会)」も協力されたそうです。

 物語は、奈良県東部の奥山を舞台に描かれています。山間地に立つグループホームに入所しているしげき(うだつしげき)は、33年前に妻に先立たれ、その思い出と共に静かな日々を過ごしていた。そのホームに新しく介護福祉士として真千代(尾野真千代)が勤め始める。しかし、彼女もまた子供を亡くし、それがきっかけで夫とも離婚、そんな苦悩を抱えながら生きていた。ある日、亡き妻の思い出が詰まったカバンに、真千代が触れてしまったことにしげきが激怒し、手を振り上げてしまう。「こうしゃなあかんってことないから」という介護主任の言葉に励まされながら、次第に心を通わせていくことになる。そんな二人が車で妻のお墓参り行くことになるのだが、途中、ひとけのない農道で車が脱輪。助けを求め彷徨う真千代。しかし、その間にしげきは車を離れ奥山へ分け入っていく。そして・・・といったストーリー。

 「殯(もがり)」とは、敬う人の死を惜しみ、しのぶ時間、また、その場所のことなんだそうです。妻に先立たれた認知症の男性と、わが子を失った介護士の女性が森を彷徨ううちに、次第に心通わせ肉親の死を乗り越えていく過程を描く中で、遺されるもの、逝ってしまうものの間にある結び目のようなあわいを描く物語にしたかったようです。確かに、テーマとしては面白いなと思うし、映像も非常に美しく良かったのですが、残念ながら、共感的な何かを感じ取ることができませんでした。共感できなかったということは、わたしに、そのメッセージを受け取るだけの感性がなかっただけなのかもしれませんが・・・しかし、登場人物の台詞が非情に聴き取りづらく、おまけに、馴染みのない葬送の風習などがなんの説明もなく登場してくるため、映画の真意を理解することができませんでした。ある程度の予備知識を備えて臨まないと、十分に楽しめない映画かなぁという気がします。

2007年10月28日 (日曜日)

綾・照葉樹林マラソンに参加してきました

 今年で20回目となる照葉樹林マラソン。約7000人が参加した。今回は、東国原知事がハーフマラソンに参加するとあって、ギャラリーも多く、綾の田舎町も大渋滞。そのせいで、開催時刻までに受付ができなかった人がいたため、競技開催が30分遅れでスタートとなった。多くの人が、知事の走る姿をひと目見ようと楽しみにしていたと思うのだがのだが、残念ながら途中でリタイヤしたとのこと。会場の混乱を避けるためだったのかもしれませんね・・・。

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ところで、私の結果ですが5㎞を36分13秒で完走。同年代の参加者214名中153位の成績でした。スタート直後は良かったのですが、2㎞あたりから急に体が思うように動かなくなり、小学4年の息子に抜かれてしまうしまつ。息子は「お父さん、頑張れ!」と笑顔で走り去っていきました、父親の面目丸つぶれ・・・。3㎞地点では、綾町長にも追い越され、4㎞地点では、左の股関節の痛みと戦いながら何とかゴールとなりました。照葉樹林マラソンは、我が家の恒例行事の一つになっているのですが、走るたびに自分の体力の無さを痛感しています。昔は、1秒でも速く走ることが目標だったのですが、最近では「最後まで休まず、生きてゴールすること」が目標になっています。とりあえず、今年もこの目標は達成できたようです・・・。

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2007年10月27日 (土曜日)

金魚のアオ水の作り方

 10月下旬とは思えない暑さ。金魚の水槽も日中は、28.4℃まで上昇していました。さてさて、今日も週末の水換えを行います。

Dvc00018 前日、汲み置きしておいた水道水は、塩素チェッカーミズミルで塩素濃度をチェック!0.05ppm以下になっていることを確認します。念のために、ZICRA WATER(金魚用)を投入します。水10ℓに対し10mℓが基本量ですが、塩素が抜けているので、基本量よりも若干少なめでも大丈夫だと思います。

Dvc00019  屋外に放置された水槽では、6匹のワキンたちがアオ水の管理をしてくれています。このアオ水を汲み置きしていた水に、混ぜ合わせます。季節によってその分量は様々ですが、20ℓの水に対してアオ水を3ℓほど加えてみました。

 水草や埃が水槽内に入り込まないように、ネットで丁寧に除去しながら混合水をバケツに移していきます。

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さあ、これでようやく水槽に水を投入する準備ができました!

Dvc00014_2 写真では、よくわかりませんが、ほどよい青さの水が出来上がりました。この状態を維持していくために、上部フィルター内のマットは、アオコをカットするような機能が付いたものは使用しません。それに、アオコが元気に生き続ける為には、日光が必要なので、ライトで10~12時間/日、水槽内をライトアップします。また、温度が下がりすぎないようヒーターを用いて温度管理をしっかり行っていきます。温度管理の方法としては、その日の日中の最高温度よりも温度が下がりすぎないよう(5℃以内)ヒーターで小まめに調整していくようにしています。これから寒くなりますが、ファンヒーターなどを室内で使用するようになると、更に温度管理には注意が必要になってきます。

2007年10月25日 (木曜日)

幸せのかたち

 どんな時に幸せを感じますか?そう聞かれたらなんと答えるだろう・・・美味しいものを食べている時、ゆっくりと温泉に浸かっているとき、ギルバートオサリバンのCDを聴いているときもそうかな・・・そうそう、誰かに認められたり、大事にされていると感じた時もそうだなぁ・・・とこんなところでしょうか。あなたなら何と答えますか?

 あらためて考えてみると、自分が利益を得ることばっかりですね。確かに、これらによって幸せを感じてしまうのも事実ですが、どれをとっても外的な条件によって満たされたもの。だけど、幸せって外的条件だけで決まってしまうものなんだろうか?そもそも、幸せって何なんだろう?

 お金や名声、健康や若さなどの外的条件が、仮に幸せの主要な基準であったら、経済的に恵まれ、社会的な地位や名誉も獲得した人すべてが、幸せであるはずなのに、そうでないのはどうしてなんだろうか。逆に、極貧な暮らしをしているにもかかわらず、毎日を生き生きと暮らしている人がいるのはどうしてなんだろう。そう考えると、やっぱり外的条件は幸せを決定付けるものではなさそうである。

 むしろ、それを主軸に生きていくことは、幸せから遠ざかってしまうことになるのではないだろうか。なぜなら、お金にしても、健康や若さにしても永遠に存在し続けるものではない。だから、それを失う不安に常に苛まれながら生きていくことになるからだ。でもそれって、本当に幸せってことなんだろうか・・・。また、だれそれの方が美しいとか、だれそれの方が頭が良いとか、そんなことを私達はよく口にする。外的条件が幸せの主軸になるならば、必ずだれそれの方が・・・といった比較価値で世界を見るようになる。そうすると、自分がだれそれより優れていれば、幸せな気分になれるかもしれないが、そうでなかった場合、無力感に陥ってしまうのではないだろうか。その結果、幸せは遠ざかり、永遠に心は満たされないのである。そして、「自分さえ幸福になれば良い」という考えを持つようになってしまうのではないだろうか。

 「それじゃ幸せの大切な条件ってなんだろう?」と、妻に投げかけてみた。すると「他人を思いやって、誰かの幸せのために生きようとすることじゃないの。自分の幸せばっかり考えていたら、結局は他人に妬まれたり、恨まれたりするでしょう。そんなんじゃ幸せになんかなれないよね。ま~所詮、エゴイストのあなたには幸せは訪れそうもないことは間違いないわね」とあっさり。いつもの如くひとこと余計だが、確かに一理ある。自分だけの幸福を望み、追い求め続ける人間は、結局どこまで行ってもそれを手に入れることはできない。果てしない欲望ゲームの虜となって、絶えず「むなしさ」や「満たされなさ」を抱え、幸福のパラドックスの罠に陥ることになるのである。したがって、エゴを超越した立場で、誰かのために何事かを成す。つまり、「無私の愛」こそが幸せの大切な条件なのかもしれない。

2007年10月10日 (水曜日)

認知症の人は何もわからない?

 認知症の人に「何か困ったことはありますか?」とストレートに尋ねると、大方「何も困るようなことはない」との反応が返ってきます。では、彼らは本当に思い悩むようなことはないのか?何も分からなくなっているのでしょうか?実はそうではなく、ゆっくりと時間をかけて、関係を深めていく。そうすると認知症を抱えながら生きていくことの辛さ、悩みを打ち明けてくれることがあります。

 Aさん「私は仕事一筋の人間でしたから・・・・一生懸命やってきました。でも仕事を離れたら、仕事が一番という感じはなくなりました。何かやりたいことはありますけど。(例えばどんなことですか?)・・・・・う~ん?何がというのは分かりません。最近は物忘れが多くなって困りますね。(どんな時が一番困りますか?)・・・・・?ちょっと思いつきませんけど・・・・・辛いですね・・・・・。この前も集まりがあって、まとめ役を頼まれたのに、すっかりそのことを忘れていてとても困りました。私は義理堅い人間なので、人に借りたものはしっかり返すことにしていますが、預けたものをよく忘れて分からなくなってしまうことがあります。今の私にとって大切なものは・・・・・お金と近所との付き合い・・・・それと女房のことですね。近所付き合いは大切ですよ、でも影で色々と悪口を言ったりされるのは嫌ですね・・・難しいことです」

Bさん「皆に責められて辛いです。ああしなさい、これが駄目って・・・・。この前も、私が朝早く起きだしてくるからお母さんが疲れるのよ!と娘に責められました。私も不自由な体で右を出せといわれても思うようにならない体なのに、皆勝手なことばかり言う。一番辛いのは、何もかも思うようにできない私であることを少しは分かってもらいたい」

これは、私が関わってきた認知症の人たちの思いの一部です。「認知症になれば、本人は何も分からなくなる。死の恐怖すら感じなくなるのだから幸せだ」と、一昔前までは言われていました。実際、私自身も、そう思い込んでいたところがありました。しかし、このような認知症の人たちの思いを知れば知るほど、「認知症になると何も分からなくなる」という思い込みが、とんでもない誤りであったということに気付かされます。

 クリスティーン・ブライデンさんは、御自身の講演の中で、『認知症の人は「どうせ何を言っても分からないだろう」という社会的偏見の中で、社会的に孤立し、治療を進められず、常に周囲から奇異な行動がないか見張られ、積極的に意見を求められるようなこともなくなっていく。そして、家族や友人から次第に遠ざけられ、社会的な役割も期待されなくなり、結果として引きこもりや放置される存在になっていく』と述べられています。

 周囲の、このようなマイナスイメージによって、その人が本来もっている能力は完全に失われてしまうかもしれません。認知症ケアのためには、認知症という病気を理解するだけでなく、「認知症の人がどのような世界を生きているのか」という視点で彼らを理解し、マイナスのイメージを転換していくことが、より良いケアの第一歩になるのではないでしょうか。

ケアのコツは「人間と思わないこと・・・?」

 認知症のケアは病気の部分だけでなく、「ひと」を中心に理解し関わっていくことが大切であると言われる。例えば、認知症の人の行動障害を理解する時に、病気の面から理解することも必要だが、その人となりを知ることで、その行動の意味が見えてきたりするのも事実である。

 そういうことからも、「人」を中心にしたケアは大事だなぁ・・・と思っていたのだが、病棟の一部の職員の間ではそう感じていない人もいる。先日、病棟に専属で入っている掃除婦のオバちゃんが、職員に「認知症の人は人間と思わないこと」「認知症の人が叫んでいてもただの騒音と思えばいい」とアドバイスされたと困惑した表情で訴えてきた。それが、効率よく仕事をこなすコツなのらしい。試しにやってみた・・・確かに楽チンである。課せられた業務を淡々と恐ろしいほどこなせる。たとえば、認知症ケアについて講義を受けたり、本を読んだりして学ぶことはできるが、それを身につけ現場で実践していくまでには相当なエネルギーを要する。ところが、認知症の人を「人間と思わない」ケアは、誰にでもでき、与えられた業務を淡々とこなせ、簡単に実践できる「お手軽ケア」という感じがした。おそらく、ストレスの多い職場環境の中で、試行錯誤の結果、見出した術なのかもしれない。しかし、どう思おうとも認知症のひとは「人」なのである。「生命」という偉大でかけがえのないものを共有した存在故に親しみと尊敬の念も湧いてくるのではないか。ところが価値のないもののように扱われ、放置された彼らは、益々、大声で悲痛な叫びを上げ、不穏な状態となっていく。そうすると「人間と思わない」という介護者の非情な思いは更にエスカレートしていく。そこには最早、わたしたちが追い求める認知症の人たちの理想的な姿など完全に見えなくなってしまうのである。

 相手の立場にたって考えてみると、今まで見過ごしていた大切なことに気付かされることがある。「昨日の事も思い出せない、なんでもないことができなくなってしまう、大切な友達のことも思い出せない、もしそんな状態に自分がなったとしたら、どんな気持ちかな?」と、小学4年の息子と一緒に想像してみた。すると息子は「そんなの嫌だ!そんなの悲しすぎる・・・馬鹿にされたような気分で悔しい」と応えた。だったら、そんな自分にどうしてほしいかと尋ねると「やさしくしてほしい。もっと僕のことを知って大切にしてほしい」と言う。認知症の人たちが、優しさや自分らしさを認めて関わってほしいのではないか、そんなことは小学生でも想像がつくのである。

2007年10月 8日 (月曜日)

認知症と共に生きる

 「自転車を盗まれた。これじゃ家にも帰れない!」「私は米袋に入れてたお金を盗まれたのよ。本当に油断も空きもあったもんじゃない!」2人の女性(共に認知症の方です)が、なにやら物騒な話しをしていました。「どうしたんですか?」と声を掛けると各々の思いを機関銃のごとく訴えてきました。ひと呼吸おいて「どんな財布だったの?」「自転車の色は?」「悪い奴がいるものですね」「何か力になれることは?」そんな会話を続けていると、どちらからともなく「あんたが居てくれて良かった」と少し安心した表情に変わっていました。安心ついでに私の仕事(仕事といっても紙を二つ折りにするだけの単純な仕事ですが)を手伝ってほしいとお願いすると「しょうがないね」と渋々ではあったが腰を上げ、1時間程時間を共にすることができました。なんでもない昔話に花を咲かせながら、ゆっくりと時間が流れていく中で「こんな所なら、今日も泊めてもらいたいわ」と笑いながら会話されていました。

 ケアの質を考えていくときに「自分が受けたいと思えるようなケアを心がける」と教えてもらったことがあります。確かに大規模な施設でケアの質を追求していくことには限界があるかもしれません。現実は、理想の貧弱な模倣に過ぎないかもしれません。でも、理想を追求していきたい、できることを精一杯やっていきたい、少なくとも自分はそう思っています。「こんな所なら、今日も泊めてもらいたいわ」と言えるような暮らしがあれば、自分が認知症になっても安心して生きていけるような気がします。

思いを知ることの難しさ

 認知症の行動障害に対して、安易に薬や行動抑制を用いることはあってはならないことだと思う。徘徊や妄想などの様々な行動障害は、もちろん脳の障害を原因とするものであるが、それ以外にも、その人が置かれている環境や「その人となり」を通して、ひとり一人異なった形で症状が現れてくる。このような行動障害に、安易に薬などを用いることは「ひと」としての自然な反応まで奪ってしまうことになる。従って、先ずはひとり一人の生き方に寄り添えるような関わりがあるというのが認知症ケアの原則のような気がする。

 しかし、「その人の思い」や「その人らしさ」を大切にしたケアなんて、口で言うほど簡単なものではない。そもそも、私をはじめ、どれだけの人が「その人らしさ」の真の意味を理解していると言えるのだろうか。パーソンセンタードケアの提唱者Tom Kitwoodは「その人らしさとは、関係や社会的存在の文脈の中で、他人から一人の人間に与えられる立場や地位である。それは人として認めること、尊重、信頼を意味している」と定義付けているが、未だに私自身はピンときていないところがある。

 ところで、先日、左腕に3箇所も立派なミミズ腫れができた。その相手は家内ではない(今回は・・・)。実は、Aさんという認知症の女性の方である。まぁこれも「その人らしさ」への無知から生じたものであるのだが・・・。

 Aさんの性格を記した欄には、「短気、癇癪もち、ひがみっぽい」と記載されている。確かに病棟の中でも、すべてにおいて自分を優先して扱わないと大声を上げたり、他人を批判したりする。例えば、私が他の女性患者さんの車椅子を押していると「そんなババアの世話をして馬鹿が!」と罵声を浴びせてくる。もちろん自分の要求を妨げるものは、職員であろうが何であろうが御構い無しに攻撃してくる。だから生傷も絶えない。

 先日も入浴日に、男性達が入浴の順番を待っていると、先頭の男性を押しのけて「わしが一番じゃかいな!」と割り込んできた。割り込まれた男性は情けないかな泣き出してしまい、その姿を見て「ざまーみろ」と舌を出してからかいだす始末。その状況を見かねて「いい加減にしなさい」と声をかけAさんを連れて行こうとしたときに腕を引っ掻かれてしまったのだ。連れて行く途中も「いいか!一番ぞ・・・わしが一番ぞ・・・(と言いながら泣き崩れた)」と訴えていた。執拗に訴える「一番ぞ」という言葉。その言葉の裏に、もしかしたら「誰よりも私を大事にしてほしいのに・・・」という思いがあったのかもしれない。

 次の日、朝食後「トイレに行かなくて良いですか?」と一番に声を掛けてみた。昼食の時も一番に配膳してみた。そんな小さなことを積み重ねて一緒にいる時間を増やしていくと、なぜかその日は、いつもの「一番ぞ」が半分くらいになっていた。

 「その人の思い」や「その人らしさ」を理解するために本人の「思い」の断片を集める、家族に本人の人生の物語を教えていただく。そして、もしかしたらこんな「ひと」だったのかな?こういう思いなのかな?と想像力をフルに働かせてみる。しかし、「思い」や「その人らしさ」の、ほんの一面しか見えてこないため、時にもどかしさが募る。それでも「ひと」を大切にしたケアを追及していきたいと思うのである。それが本当に認知症の人が求めるものであるならば・・・・・。

2007年10月 7日 (日曜日)

宮崎本物温泉⑫「阿母ヶ平鉱泉」

Dvc00020  国道221号線を小林方面に向かい、阿母ヶ平温泉入り口バス停付近で右折。薄暗い杉林の中の一本道を道なりに進む。対向車が来れば、離合するゆとりさえない、そんな狭い山道を3km程走ると、周りの景観に非情にミスマッチなゲートが現れた。

Dvc00013  開業して130年と歴史ある温泉宿である。以前は、長屋があり、湯治場として利用されていたそうです。建物は最近改装されたばかりで、ログハウス調の建物となっています。こんな辺鄙な所にお客が来るのか?と思っていたのだが、途切れることなく温泉客が訪れていた。やっぱり本物温泉の魅力は凄いなぁ~。同敷地内には、「縁」という地鶏、炭火焼専門店があり、美味しい料理も堪能できるとのこと。

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ここが、源泉が湧出している場所。その昔、この土地の開拓者が、怪我や病気で使い物にならなくなった馬を住まわせる馬小屋にしていたらしいのだが、その馬達が、この場所から湧き出ていた水を飲んで元気を取り戻していった、というのがこの温泉の由来となっている・・・。それでは、そろそろ温泉の方へと参りましょうか!

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これが室内風呂で(暗くてわかりにくいですねぇ)、2つのこじんまりとした浴槽があります。ひとつは備長炭が入っています。

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そしてこれが露天風呂です。実は、この露天風呂が最高にすばらしい、その理由は、次の写真を見てください。

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 これは露天風呂からの景観です。目の前に、辻の堂川のせせらぎや小鳥のさえずりが響き渡っていました。特に4月になると川岸には桜が満開になってこの世のものとは思えないほど美しい情景が楽しめるそうです。鉱泉ですので加温していますが、循環や塩素の使用はしていません。個々の浴槽には、冷たい源泉と加温した源泉が注がれています。浴槽のお湯がぬるくなったら、自分達で加温された源泉を注ぎ入れます。そもそもの湯量があまり多いわけではないので、大切に使いたいものです。

宮崎本物温泉⑪「皇子原温泉健康村」

 久しぶりに持病が出た~!夏の間は潜伏していることが多いのだが、これから冬場にかけて定期的に発病してしまう恐ろしい病気です。何の病気かって?そう、「温泉に入りたい病」である。この病気の恐ろしいところは、塩素臭の漂うプールのような循環式風呂では満足できなくなってしまうこと。だから、かけ流しの天然温泉を求めて彷徨うことになる。

 そこで今回は、片道2時間半かけて、高原町の「皇子原温泉健康村」と小林市の「阿母ヶ平(あばがひら)鉱泉湯ゆの郷」に向かった。台風の影響なのか、時折、大粒の雨が降ってくる。でも、そんなの関係ねぇ!オッパッピー!である。

 高原駅から223号線を鹿児島方面に向かって10分ほど車で走ると、皇子原温泉に辿り着いた。

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 料金300円を支払って浴室に向かうと・・・・。

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 12~13人は入浴できそうな主浴槽がひとつ。気泡浴、打たせ湯、電気風呂、水風呂、サウナが設けてあるが、主浴槽以外は、全て霧島裂罅水を加温したもの。

Dvc00011  主浴槽のお湯は、茶褐色に濁っている。鼻を近づけると、微かに鉄分の香りがした。もちろん、飲泉できるので一口飲んでみると、ミネラル鉄分豊かな味わい。かなり癖のある味がする。入浴者は、自由に源泉や裂罅水をタンクに詰め、持ち帰り、料理や入浴に使用しているとのこと。創業が昭和20年で、元々は養魚場として開業したこともあって、今でも敷地内には、ニジマスの釣堀がある。子供連れで遊びに来ても楽しめそうです。

                     つづく

プロフィール

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    宮崎県在住。 金星人(+)の霊合星人。 愛する3人の子どもと愛されていない鬼嫁を家族に持つ、しがない中年オヤジのブログです。

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  • あすなろ温泉(小林)

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  • 漫画『美味しんぼ』(95巻)で特集された蔵元としても有名な軸屋酒造。北薩摩に佇む紫尾山の清く澄んだ地下水と県内産のサツマイモで作り上げた一品。紫尾町は良質の温泉でも有名なところですが、蔵元自慢の水の良さと非常にバランスがとれて雑身を感じさせない一本です。

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