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2007年10月30日 (火曜日)

我-汝

 「姉ちゃん!・・・姉ちゃーん!!(職員を呼ぶ声)」Aさんのけたたましい声が、病棟中に響き渡る。『喧しいボケた老人』というレッテルを貼られ、病棟の片隅に放置される。そうすると、さらに激しさを増した雄叫びが沸き起こる。

 気になって声をかけると体の痛みを訴えてきた。しかし、何処が痛いのか上手く表現できない。だからこちらで想像力を働かせ対応してみる。車椅子に長時間座っているためにお尻や腰が痛いのかな?何か身体に不調を感じているのかな?などと考えながら対応してみるが思いとは異なる。終いには、自分の思いが伝わらないもどかしさや要領を得ない対応に苛立ちを爆発させ、鬼のような形相で、私の手に掴み掛かり、抓る、叩く、引っ掻くをはじめる。成す術を失った私は「ごめんなさい、上手く理解できなくて・・・」と嘆く。続けて「でも、Aさんが大きな声を出していると心配するんですよ。何か辛いことや苦しい思いをしているんじゃないかって・・・それにAさんは、僕にとって大切な人のひとりなんだから」と言った。すると、Aさんの表情が一瞬固まった。そして、「本当に心配してくれるの?・・・本当に?・・・」と言いながら嗚咽しはじめた。私も、思ってもいなかった反応につられて貰い泣きしてしまった。そんな私の姿を見たAさんは、今まで抓ったり叩いたりしていた手を止め、涙を拭き取ってくれた。「ボケても心は生きている」という言葉の真意を身をもって感じた思いがした。そして、この日、半日くらいは、あの「姉ちゃん!」の声を聞くことはなかった。

 私達は、他者と関係を持つとき二つの異なる次元で繋がっているように感じる。ひとつは、他者をものとして捉えた関係性である。自分が利益を得るための道具、ものとして他者を捉えるのである。そもそも、ものの価値はその機能にある。例えば、ペンは「書く」という機能によってそのものに価値があると判断されるように。だから、他者をものとして捉える時に、自分が利益を得るための価値がある存在なのかどうかと、そのものの機能を問う。そして、価値があると判断されれば関係を持とうとするが、ないと判断されれば関係は失われることになる。改めて、自分と他者との関係性を見つめ直してみると、多くの場面で私達は、このような関係性で繋がっていることに気付く。認知症の人の機能を問い、『喧しいボケた老人』と判断した時に、私達は、その人とどのような関係を築こうとするのであろうか?

 関係性のあり方を追求した、かの偉大な哲学者マルティン・ブーバーは、このような関係を「我-それ」の関係と言った。そして、私達が他者と繋がるもうひとつの関係性こそが大切であると唱える。それが、『我ー汝』の関係性である。

 『我ー汝』の関係では、他者は独自性をもった存在と捉える。したがって、他の誰とも比較のしようもないし、はかり知れない価値を持った、かけがえのない存在となる。そんな他者と一体感に満たされた関係、共感や親密感に満ちた関係性を築いていくことが『我ー汝』の関係なのだ。私達が認知症の人と『我ー汝』の関係で結ばれようとする時、認知症の人は驚くほど良い反応を示すことがある。それは、まるで私達の心を見透かしているかのようである。

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