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2007年11月 8日 (木曜日)

作業のちから

 痩せた頬に、薄っすらと無精髭を蓄え、ウツラウツラしている。これが初めて出会った時のAさんの姿でした。2度の脳梗塞で右片麻痺となり、さらには物忘れが目立つようになって脳血管性認知症と診断。身の回りのことは、食事以外は全て介助が必要な状態でした。レクリエーションなどには全く興味がないようで、部屋から食堂まで車椅子で連れてこられると、自力で移動ができないため、レクリエーションを楽しんでいる人たちを横目にウツラウツラしはじめるのです。

 軽い言語障害があるため、流暢には会話できないのですがCOPMを用いて「やってみたい、うまく出来なくて困っている」そんな生活行為についてインタビューを行ってみた。すると、「歯磨きが上手にできるようになりたい」「服を着ることができない」というニーズを抱えていることがわかった。しかし、インタビューの終了間際「何もできそうにない・・・すべては、この右手のせいです・・・」と視線を落とした。

 作業療法士として、何か力になれることはないのかと考え、とりあえず車椅子を調整することから始めてみた。モジュラー型車椅子やクッションなどを用いて、車椅子上でズッコケ座りにならないよう工夫してみた。左手が右のブレーキまで届かないというので、延長ブレーキを取り付けてみる。そして、洗面所までの往復ができるように車椅子操作の練習を行った。その結果、約2ヶ月程で車椅子を自力で操作できるまでに変化した。また、片手で歯磨き動作ができるように環境を調整することで、「歯磨きができる」という目標を達成することができた。しかし、もうひとつの「服を着ることができない」という問題に関しては、残念ながらクリアすることはできなかった。

 再評価の時、更衣の問題に関しては介護職員にお願いした方が効率が良いとの理由から「もう大丈夫です」とAさんから申し出があった。なんだか自分の無力さに申し訳ない気分になってしまったのだが、驚いたことに「何もできそうにない」と言っていたAさんの方から「無理かもしれませんが・・・字が書けるようになりたい」と提案してきた。実は、遠方に住む知人から、しばしば手紙が送られてくるのだが、一度も返事を書いたことがない、その知人は戦友でもあり自分にとっては特別な人。一度でいいから自分の手で返事を書きたいというのである。左手の機能も不十分であるため鉛筆などを用いて手紙を書くことは困難な状態にあることは明らかであった。

 そこで、今ではほとんど使われなくなったワープロを持ち出し、平仮名入力ができるように設定し、キーボードにはわかりやすく文字を書いたシールを貼ってみた。それをAさんに提供したところ、左の人差し指一本で文字を入力することに成功した。そこで、下書きの文章を一緒に考え、それを一文字ずつ入力していくのだが、キーボード上から文字を探し、入力するまでには5~6分はかかるのでAさんにとっては大変な作業であった。しかし、それでも懸命に取り組み、1ヶ月程かけて一通のハガキを完成させ投函することができた。しばらくして、ご家族の方が手紙が届いたということで本人に届けてくれた。Aさんは、それを私のところまで嬉しそうにみせに来てくれた。たぶん相当嬉しかったのだろう。

 その後も知人との手紙のやり取りは続くが、再びAさんから提案が上がった。「絵を描きたい」というのである。実は、もともとAさんはCMソングを作詞したり、油絵を描いたりと芸術的才能に富んだ方だった。そこで、透明のファイルに下絵を書き、カッターで刳り貫いたものをステンシルの要領で色をつけていく活動を提案した。スポンジに絵の具を含ませ、ひたすら左手で叩きつけるように色をのせていくだけの単純な工程のため、Aさんでも簡単に行うことができた。しかも、想像以上に綺麗な作品が出来上がるため、Aさんは夢中になって取り組むようになっていった。そして、Aさんは亡くなる前日まで、これらの作業に取り組み続けた。

 Aさんの生活の豊かさに、僅かながらでも貢献できたことは、自分にとって貴重な体験になったと感じている。「何もできそうにない」という思いが、Aさんにとって価値や興味を持った意味ある作業のなかで、「できることがあった」という思いに変わり、「こんなことも、あんなこともやってみたい」と更に作業が広がっていくことで、人の生活の豊かさは良い方向へと変化していくのかもしれない。したがって、人が意味のある作業に出会うきっかけを生み出していくことが私たち作業療法士の重要な役割ではないかと思う。ただし、それは個々人の人生の物語を知り、その物語の中でセラピーが協業的に展開できてはじめて生きてくるものだと思う。

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